ひれあし類の眼の病気

みなさんは水族館や動物園で出会うアザラシやアシカの眼が白く濁っていて、気になったことはありませんか?

私は小さい頃、水族館でお気に入りのアザラシの眼が白く濁っているのを見て、何となく「かわいそう」と思っていました。今思えば彼らが眼に問題を抱えていることを、子どもながらに感じとっていたのでしょう。

大人になって私は飼育係になり、この問題に正面からブチ当たることになりました。

ここでは、ひれあし類の眼の病気についてまとめました。ぜひ最後までご覧ください。

こっこ

ひれあしLOVEのあなたと一緒に考えたい問題です




目次

ひれあし類は眼の病気にかかりやすい

ひれあし類のうち、セイウチを除いたアシカやアザラシは、陸生の動物に比べて非常に大きい眼球をもっています。

特にロシアのバイカル湖に生息するバイカルアザラシは、透明度の高い水中で視覚に頼って餌(魚)を探すため、眼球が大きく進化したと考えられています。

ひれあし類は主に薄暗い海中で採餌行動をしていることがわかってきており、彼らは多くの情報を眼球に頼っていると推察できます。

眼球が大きいからこそ、ひれあし類は眼の病気にかかりやすいのです。

ところが、同じひれあし類でも野生と飼育下で、眼の病気にかかる確率は大きく異なっています。

飼育下ひれあし類で眼に病気を抱えている個体は43.1%

野生のひれあし類では、眼に何らかの異常が見られるのは約4000頭のうち4.3%です(*1)。

これに対して、日本の動物園や水族館で飼育されているひれあし類で眼疾患がみられるのは、約300頭のうち43.1%です(*2)。

この数字を比べただけでも、飼育下のひれあし類の眼に問題が多いことは明らかです。

眼が白く見える原因は角膜疾患や白内障

飼育下のひれあし類では角膜疾患が最も多く、次に白内障が続きます。(*3)。

いずれも眼が白濁して見えますが、角膜炎や角膜潰瘍は角膜という黒目の表面を覆っている膜が濁るのに対して、白内障は目の中にあるレンズが濁るので、区別がつきます。

眼の痛みや視力低下などの症状がありますが、重症化すると失明することもある怖い病気です。

つぶらな瞳の彼らを悩ますこの病気の原因は、いったい何なのでしょうか。

ひれあし類の眼の病気の原因は何か?

Colitzらによれば、ひれあし類の眼の白濁をおこす環境要因として、眼病、個体間の争いによる怪我、老化、水質の変化、紫外線、過度の日光、ウィルス感染、ぶどう膜炎、塩分濃度などがあるといわれています(*4)。

この中で飼育下で対策できる問題としては紫外線、日光、水質や塩分濃度あたりでしょうか。

中でも、特に紫外線が眼の病気を悪化させる重要な要因としてあげられています(*4)

ひれあし類の眼の健康を保つためにできること

ここからは個人的な見解になりますが、ひれあし類が眼の病気にかかりやすい動物とはいえ、動物園や水族館では水質改善や紫外線対策などの環境を整えることで、だいぶ予防できると思います。

とはいえ、飼育施設の環境整備にはお金がかかるので、特に規模の小さな施設では簡単には実現できないことも理解できます。

しかし、これも施設側と来園者側が歩み寄ることで、改善につなげられるのではないかと思うのです。

例えば、眼の病気にかかったひれあし類の展示時間を短くしたり、展示個体を入れ替えることができれば、眼が紫外線に暴露される時間を短くできます。また簡単な日除けシートを設置することもできますね。

こっこ

日除けのせいで○○ちゃんが見えない、なんて言われることも(涙)

また、規模の小さな動物園や水族館では、飼育施設の整備費を出せないところもあるでしょう。

近年、動物園や水族館のクラウドファンディングが急激に増えています。これに参加することもできるでしょう。ささやかな寄付でもそれが集まって大きな力となり、動物が快適に暮らせるための大規模な施設改修を実現した事例もあります。

動物たちが幸せに健康に暮らせるためにできることを、進めていきたいですね!



参考文献

1)Kot, B. W., Morisaka, T., Sears, R., Samuelson, D., & Marshall,
C. D. 2012. Low Prevalence of Visual Impairment in a Coastal
Population of Gray Seals (Halichoerus grypus) in the Gulf of St.
44
Lawrence, Canada. Aquat Mamm, 38(4), 423.

2)中村美里,前原誠也,角川雅俊,郡山尚紀.日本国内における飼育下鰭脚類の眼科疾患の実態調査.日本獣医学会学術集会講演要旨集.2016.159th,p.515.

3)植草康浩,植田啓一,白形知佳.海獣診療マニュアル.学窓社.2023.p.66,下巻鰭脚類・海牛類の診療編.

4)Carmen M. H. Colitz, Michael S. Renner, Charles A. Manire, Bethany Doescher, Todd L. Schmitt, Steven D. Osborn, Lara Croft, June Olds, Erica Gehring, June Mergl, Allison D. Tuttle, Meg Sutherland-Smith, Jens Christian Rudnick.(2010):Characterization of progressive keratitis in Otariids.Veterinery Opbtbalmology,13,Supplement 1,47-53.




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この記事を書いた人

「動物も人間も幸せに暮らせるようになって、動物園や水族館がなくなったらいいな」って考えてる、少し変わった飼育係。ひれあし担当。

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